地域団体商標の商標権侵害が争われた事例 博多織事件
福岡高判2014(H26)・1・29 H25(ネ)13号 商標権侵害差止等請求事件
(原審 福岡地判2012(H24)・12・10 H24(ワ)1188号 裁判所HP)
事実の概要
X(原告・控訴人:博多織工業組合)は、福岡県博多地域に由来する製法(博多織製法)により福岡県又はその周辺で製造された絹織物製の織物等の製造業を行う中小企業で構成されている中小企業団体組織法3条1項8号を設立準拠法とする商工組合である。
Y1(日本和装ホールディングス株式会社)は、和服及び和装品の販売促進の企画やこれらの販売代理業及び売買契約の仲介業並びに着物関連事業を主たる業とし,同会社及びその子会社などからなるグループ(日本和装グループ)全体の経営管理を行っている。
Y2(株式会社はかた匠工芸)は、旧日本和装ホールセラーズ株式会社から平成24年3月12日に商号変更し,Y1が100パーセント出資した連結子会社であり,日本和装グループの一員として,和服等の製造・販売を行っている。
Y3(博多織物協同組合)は、証紙の発行に関する事業等を目的とする協同組合,日本和装グループの一員である。
Y1~Y3をまとめて、単にY(被告・被控訴人ら)という。
本件は,
① 地域団体商標である「博多織」商標を使用して織物製品の製造・販売を行う者によって構成されている組合であり,同商標に係る商標権者であるXが,Yが製造・販売等している帯製品に付され,あるいは頒布している季刊誌に記載されている「博多帯」標章が,前記商標と同一又は類似しているためXの商標権を侵害し,また,
② Xの商標が周知著名な商品等表示であって,それがYが製造,販売等している商品に付された標章と類似している
ため,需要者に誤認混同を生じさせているとしてYに対し,商標法及び不正競争防止法に基づいて,Yの標章の使用等の差止め,同標章の抹消,謝罪広告の掲載及び損害賠償を求めた事案である。
原審は,Yの標章の使用は商標法26条1項2号又は3号に該当し,かつ不正競争防止法19条1項1号(普通名称等を普通に用いられる方法で使用)に該当するとともに,Xの権利行使は権利濫用に当たるとの理由でXの請求をいずれも棄却した。
本件商標権
Xは,次の商標権(商標登録第5031531号;地域団体商標)を有している。
[指定商品]第24類 福岡県博多地域に由来する製法により福岡県福岡市・久留米市・甘木市・小郡市・筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・前原市・筑紫郡那珂川町・糟屋郡宇美町・糟屋郡志免町・糟屋郡須恵町・糟屋郡粕屋町・福津市・朝倉郡筑前町・糸島郡二丈町・佐賀県唐津市・佐賀郡川副町・佐賀郡久保田町・大分県豊後高田市・杵築市で生産された絹織物
第25類 同前地域で生産された絹織物製の和服
[登録商標]博多織(標準文字)
判 旨
控訴棄却。
裁判所は、地域団体商標である本件商標「博多織」とY標章「博多帯」が非類似であると認定し,商標法37条1号及び不競法2条1項1,2号該当性を否定し,本件商標権に基づいて又は本件商標が周知著名商品等表示に該当するとして権利行使をすることは権利濫用に該当し許されないとした。
判旨1 本件商標と被控訴人標章の類否
外観の類似性とは,視覚を通して文字,図形,記号,色彩等外観に現れた形象を観察した場合両商標が相紛らわしいことをいうところ,本件標章は標準文字で「博多織」の3文字の漢字からなるものであるのに対し,Y標章はやはり「博多帯」と3文字の漢字からなるものである。そして,両者は「博多」で共通するものの「博多」は福岡県博多区ないし福岡市東半部を指す地名にとどまり,それ自体何ら自他商品の出所識別機能を有するものではない。そして末尾の「織」と「帯」の文字は異なることから,全体が3文字であることを併せ考慮すると,この末尾の1文字が異なる結果,それらの外観は著しく異なるものというべきである。
標章の構成から本件標章は「ハカタオリ」との称呼が生じるのに対しY標章は「ハカタオビ」という称呼が生じ,末尾の母音もいずれも「イ」であり共通する。しかしながら,末尾音は中間音と比べて聴取しやすいことに加え,前者は「ハカタオリ」と一連の呼び方をし,かつ冒頭にアクセントがあるのに対し,後者は「ハカタ・オビ」と前半3文字の音と後半2文字の音が区別されしかも後者の「オ」にアクセントがあると認められる。そして,前記のとおり「博多」の部分は地名にとどまりそれ自体何らの自他商品の出所識別機能を有さず,末尾の「オリ」と「オビ」で区別するものといえるから,両者は呼び方において相紛らわしいとはいえない。
本件商標は「博多で生産される絹織物」との観念が生じるのに対し,Y商標は「博多で生産される着物の帯」との観念が生じ,絹織物と帯とは後者は前者に含まれるとはいえ,両者は区別されるものである。
少なくとも外観と称呼が類似せず,その取引の実情を考慮しても,両者は需要者又は取引者において区別することができ,両者は類似しないものというべきである。。
判旨2 商標としての使用の有無,商標法26条1項2号及び不競法19条l項1号該当性
Y標章①の「博多帯」は,広辞苑に「博多織の帯」と掲載される等しており,「博多織製法によって織られた帯」の意として長年使われてきた普通名称であると理解される。
そこで,Y標章①の使用が「普通に用いられる方法」に該当するか否かを検討すると,本件において,帯に標章が付される一般的な場所に証紙が付され,その証紙において毛筆体で証紙のおおむね中心に「博多帯」と書かれ,その直下には「博多織物協同組合」とY3の名称が刻印と共に付されており,Y標章①を看た需要者は,これらが一体としてY3に属する業者が製造したとものであるいう自他商品識別機能を発揮しているので「普通に用いられる方法」ということはできない。
YによるY標章②の使用は,商標としての使用に該当せず,かつ商標法26条1項2号及び不正競争防止法19条1項1号にいう「普通名称を普通に用いる方法」により使用するものというべきである。
判旨3 周知著名商品等表示の該当性
Xの提出する証拠(・・・)をもってしても,本件商標がXの商品等表示であるとして,少なくとも福岡県及びその隣接県に及ぶ程度の需要者の間に広く認識されているということはできない。
この点,本件商標は,商標法7条の2第1項の「自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとき」の要件を満たすとして地域団体商標として登録されているが,たとえ不正競争防止法2条1項1号の周知性の要件も商標法7条の2第1項の周知性の要件も需要者からの当該商標と特定の団体又はその構成員の業務に係る商品等との結び付きの認識を要する点で同義であったとしても,本件において前記立証を要するものであるから,前記判断を左右するものではない。
判旨4 権利濫用の成否
① Y2が承継したA(旧匠工芸)において本件商標登録以前から本件商標を使用していたこと,
② XのY2に対する前記警告は理由がないこと,
③ Xは,本来Xへの自由加入が保障されていることを前提として地域団体商標登録されたにもかかわらず,Y2の組合加入の申し出に対して正当な理由なくその加入を認めなかったこと
からすれば,XがY2に対して,本件商標権に基づいて又は本件商標が周知著名商品等表示に該当するとして権利行使をすることは権利濫用に該当し許されないというべきであって,同社の製造販売に加担しているその余のYに対する関係でも同様に権利濫用に当たるものと解される。
検 討
結論に反対。
1 判旨について
本判決は,地域団体商標権に基づく侵害訴訟についての初めての高裁判決である。
2 判旨2(商標としての使用,商26条1項2号,不競法19条1項1号)について
商標法26条1項2,3号の適用については、「自他商品の識別機能を発揮する態様で使用されているか否かにより判断すべき」であり、地域内アウトサイダーの商標の使用に関してはその使用態様により侵害を主張できるという説(注1)と、「産地等の偽装行為に該当しない商品等への使用態様に関しては、26条1項2,3号の適用により侵害を否定すべき」という説(注2)がある。本判決は前者、原審は後者の立場に立つ(注3)。
立法者「商標法26条1項2号又は3号(商品・役務の品質・質表示等)の適用については、自他商品の識別機能を発揮する態様で使用されているか否かにより個別具体的に判断すべきであり、取引者・需要者の認識を基準として自他商品識別機能を発揮するような態様で商標が使用されていれば、同号の規定の適用はなく、地域団体商標に係る商標権の効力は及ぶ。」(特許庁総務部総務課制度改正審議室編「平成17年商標法の一部改正産業財産権法の解説―地域ブランドの商標法における保護・地域団体商標の登録制度」発明協会, 2005年, 21-22頁)。
Y標章①は、商標としての使用であり、自他商品識別機能を発揮しており、「普通に用いられる方法」ではないという,本判決に賛成。
3 判旨1(本件商標とY標章の類否)について
判決は、称呼において『・・・ 前記のとおり「博多」の部分は地名にとどまりそれ自体何らの自他商品の出所識別機能を有さず,末尾の「オリ」と「オビ」で区別するものといえるから,両者は呼び方において相紛らわしいとはいえない。』と判示するが疑問である。両称呼は、5音(同音数)であり、異なる1音も弱く称呼される末尾音である。しかも、その末尾音は母音共通であるから、両者は呼び方において相紛らわしい。
4 判旨3 (本件商標の周知著名商品等表示の該当性)について
Xは、証拠として甲9~15の5(内容不明)を提出し、特許庁にも同様に書面を提出て周知性とを主張しているはずであるが、なぜ周知性(不競法2条1項1号)が認められなかったのか(Yが主張する程度のものしか提出できなかったのか)は不明である。
本件商標は、客観的に考えると「福岡県の絹織物業者(博多織工業組合[組合員数58],その構成員及び密接な関係を有するグループ )によって製造された絹織物として、少なくとも福岡県及びその隣接県に及ぶ程度の需要者の間に広く認識されている」と考える。
5判旨4(権利濫用の成否)について
訴外A(旧匠工芸)は、本件商標出願前から不正競争の目的でなく指定商品に本件商標を使用していた。Y2はAから工場や工場内の機械器具動産一式を賃貸し、Aの元従業員を雇用した上でY製品の製造・販売を開始した(裁判所認定)。この間、「本件商標の使用を中止した期間はわずか2年強である」(被控訴人主張)。したがって、「継続して」,「業務を承継した者」(商標法32条の2第1項)に該当するかどうか疑問である。
「② 前記のとおりそもそも控訴人の定款第9条では組合員の資格を中小企業に限定していないこと」(判決文29頁28-29行)は、理由にならない。設立準拠法である中小企業団体組織法は、「組合員となる資格を有する者は、中小企業者及び定款で定めたときは中小企業者以外の者」と規定している(第5条の5)。つまり、定款による定めが必要であるが、定款には「中小企業者以外の者」を組合員として認める旨の定めはない。
注
(注1)産業政策説。
制度趣旨につき、「地域ブランドの保護による我が国の産業競争力の強化と地域経済の活性化を図るために,3条2項より若干登録要件を緩和することによって多くの地域ブランドに商標法上の保護を与えようとしたもの」という立法者の立場。小川宗一「地域団体商標制度と商標法の基本概念」日本法学72巻。土肥一史「地域団体商標に係る商標権の効力と商標法26条1項2号との関係等について判断した事例:福岡地判平成24・12・10(平成23(ワ)1188)」日大知財ジャーナルvol.7他
(注2)行為規制定型化説。
「このような制限つきの商標権が設けられた趣旨について,筆者は,改正作業の当初から,不正競争防止法2条1項13号でも規制し得る産地等の誤認行為を定型的に規制する制度であるとの理解を提唱してきた。地域ブランドは当該地域の事業者が当該地域の特産品を示す標章として用いている。これが当該地域以外の商品等に使用される場合には,需要者に品質の誤認,あるいは当該地域の事業者を出所とする商品等であるという意味での混同が生じる。このような行為は品質誤認行為として不正競争防止法2条1項13号に該当するから,少なくとも地域ブランドを扱っている事業者は,当該行為の差止めやそれによって生じた損害の賠償の請求を行使し得る。それを特許庁の事前の審査を介在させることで定型化し,権利行使を容易としたのが地域団体商標の登録制度である,と位置づけるのが筆者の見解である。
・・・ 例えば商標法26条1項2号・3号に関する起草者の説明は,問題となった被疑侵害者の商標の使用態様が自他商品役務の識別機能を発揮するものであるか否かということを個別具体的に判断し,「自他商品(役務)識別機能を発揮する態様で商標が使用されていれば」26条の適用はなく,地域団体商標権の効力が及ぶというものである。しかし,地域ブランドを使用しておきながら,「自他商品(役務)識別機能を発揮する態様で」商標が使用されていないと判断し得る事例はそれほど多くはないように思われる。そうなると,事業者が取引上必要とする表示の使用に対してまで地域団体商標権の効力を及ぼすべきではないので26条は手つかずとしたという法の趣旨を達成することが困難となろう。
これに対して,通常の意味でのブランドの保護ではなく,地域全体の事業者にとっての「ブランド」保護が地域団体商標制度の目的であると解する本稿の立場の下では,当該地域の事業者が用いる限り,26条1項2号・3号に該当すると解釈することになる。」(田村善之「知財立国下における商標法の改正とその理論的な含意」Jurist No.1326)
(注3)原審:福岡地裁H24.12.10判決
「本件においては,福岡県の事業者であり博多織製法によって織られた織物から造られた帯を製造・販売している地域内アウトサイダーである被告株式会社C(A2)が「博多帯」という地域名及び商品の普通名称からなる被告標章を自らの商品に付しているものであり,そのような被告標章の使用は,主として,取引上必要な情報である自らの産地及び帯の製法等を表すためのものであると認めることができるから,商標法26条1項2号に該当するものとして許される。
そして,被告株式会社Cによる被告標章の使用が許される以上,被告商品の販売仲介や被告商品に貼付する証紙の作成などを行っている他の被告らの行為も同様に許される。
原告は,被告株式会社Cによる被告標章の使用は,自他商品の識別機能を発揮する態様のものであるとして,商標法26条1項2号の適用はないなどと主張するが,地域内アウトサイダーが自らの商品等の産地及び同商品等の一般名称からなる商標を商品等に付した場合は,例えば地域団体商標権者が使用している特有のロゴ等を用いているなどの事情がある場合を除いて,同表示は,自身の商品等の産地や種類を表すための取引上必要な表示として商標法26条1項2号に該当するというべきところ,本件においては特有のロゴ等が同一であるといった事情は認められないのであるから,原告の主張は理由がない。」
以 上
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