薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否 PITAVA(ピタバ)事件(4)
知財高判 2015(H27)・8・27 H26(ネ)10129号 商標権侵害差止等請求事件
(原審 東京地判2014(H26)・10・30 H26(ワ)768号 裁判所HP)
事実の概要
控訴人(原審の原告)は、薬について商標「PITAVA(標準文字)」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーである。
被控訴人は,販売名を「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」とする薬剤(「被控訴人商品1」),販売名を「ピタバスタチンCa錠2mg「サワイ」」とする薬剤(「同商品2」)及び販売名を「ピタバスタチンCa錠4mg「サワイ」」とする薬剤(「同商品3」)を販売している。被控訴人各商品は,錠剤であり,その錠剤の外観は,それぞれ別紙全体標章目録1ないし3記載のとおりである。
本件は,控訴人が,別紙標章目録1ないし3記載の各標章(以下「被控訴人各標章」と総称し,それぞれを同目録の番号に従い「被控訴人標章1」などという。)を付した薬剤を販売する被控訴人の行為が控訴人の有する商標権の侵害(商標法37条2号)に該当する旨主張して,被控訴人に対し,同法36条1項及び2項に基づき,上記薬剤の販売の差止め及び廃棄を求めた事案である。
原判決は,被控訴人各標章は本件商標に類似する商標に該当すると認定した上で,①本件商標の指定商品のうち,「ピタバスタチンカルシウム」を含有しない薬剤に本件商標を使用した場合には,需要者等が当該薬剤に「ピタバスタチンカルシウム」が含まれると誤認するおそれがあるので,本件商標は「商品の品質」の誤認を生ずるおそれがある商標」(商標法4条1項16号)に該当し,本件商標の商標登録は無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,本件商標権を行使することができない(同法39条,特許法104条の3第1項),②本件商標の商標登録には商標法50条1項所定の取消事由があり,不使用取消審判により取り消されるべきことが明らかであるから,控訴人による本件商標権の行使は,権利の濫用に当たり,許されないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は,原判決を不服として,本件控訴を提起した。
控訴人は,本件控訴の提起後,本件商標権の分割の申請をし,本件商標権は,指定商品を第5類「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とする別紙商標権目録2記載の商標権と指定商品を第5類「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とする同目録3記載の商標権(以下「本件分割商標権」という。)に分割された。その後,控訴人は,当審において,請求原因を本件商標権の侵害から本件分割商標権の侵害に変更する旨の訴えの交換的変更をした。
判 旨
控訴棄却。 裁判所は、『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当し,また,商品の「原材料」又は「品質」を「普通に用いられる方法で表示する商標」(同項2号)に該当するものと認められ,控訴人が有する本件分割商標権の効力は被控訴人各標章に及ばないものと認められるから,控訴人の当審における交換的変更に係る請求は,いずれも理由がないものと判断する』とし、請求を棄却した。
1 被控訴人各標章の商標法26条1項6号該当性(争点2)
医師,薬剤師等の医療従事者であれば,「スタチン系薬」又は「スタチン系化合物」を説明する文献又は文脈の中で,上記表記がされた場合,それらが「ピタバスタチン」,「アトルバスタチン」,「ロスバスタチン」等を意味することを理解すること,・・・ が認められる。
上記認定事実によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩に関する部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
そして,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
一方で,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
また,被控訴人各商品は,医師等の処方箋により使用する「処方箋医薬品」であり(前記1(1)イ(ア)),被控訴人各商品と他の薬剤とが一つの袋にまとめて包装される「1包化調剤」により処方される場合があるが,この場合,患者は,1包化した袋を開封し,その袋内に薬剤が入ったままの状態で服用するので,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示を認識することはないのが通常である。もっとも,患者は,1包化した袋からいったん薬剤を取り出して服用する場合もあるが,その際には,取り出した薬剤を一緒に服用すべきひとまとまりの薬剤として認識し,個々の薬剤の表示が目に触れたとしても,その表示が薬剤の出所を示すものと理解することはないものと認められる。
以上によれば,被控訴人各商品の需要者である医師,薬剤師等の医療従事者及び患者のいずれにおいても,被控訴人各商品に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)から商品の出所を識別したり,想起することはないものと認められるから,被控訴人各商品における被控訴人各標章の使用は,商標的使用に当たらないというべきである。
したがって,被控訴人各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するものと認められる。
2 被控訴人各標章の商標法26条1項2号該当性(争点3)
前記2(1)ア認定のとおり,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,その塩に関する部分(「カルシウム」)の記載及び「スタチン」の記載を省略した「略称」であることが認められる。
そして,前記2(1)イ認定のとおり,医師,薬剤師等の医療従事者の間においては,後発医薬品の販売名は含有する有効成分に係る一般的名称に剤型,含量及び会社名(屋号等)から構成されていることは一般的に知られているものと認められるから,医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識するものと認められる。
そうすると,被控訴人各商品の需要者である医療従事者においては,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,被控訴人各商品の「有効成分」を表示したものであるとともに,被控訴人各商品には原材料として「ピタバスタチンカルシウム」を含有することを表示したものと理解するものと認められる。
次に,前記2(1)イ認定のとおり,患者においては,PTPシートに入れられた状態で被控訴人各商品の交付を受けた場合,PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる。
以上によれば,被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,商標法26条1項2号に該当するから,控訴人が有する本件分割商標権の効力は,被控訴人各標章に及ばないというべきである。
検 討
判決に賛成。一部、疑問あり。
1 判旨1
被控訴人各商品の外箱,内袋又はPTPシートに記載された「ピタバスタチンCa」,「ピタバスタチン」等の表示と被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)を同じ機会に目にした場合,「ピタバスタチンCa」又は「ピタバスタチン」と「ピタバ」の言語構成から,「ピタバ」が「ピタバスタチンCa」又は「ピタバスタチン」の頭部分の3字を略記したものである。
したがって,医師,薬剤師等の医療従事者が,被控訴人各商品に接した場合,被控訴人各商品が「ピタバスタチンCa錠1mg「サワイ」」等を販売名とする後発医薬品であることを認識し,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示は,有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」の略称であることを認識する、つまり、医師,薬剤師等の医療従事者に対しては、自他商品識別機能を発揮しないといえる。
判決は、患者について、『PTPシートから被控訴人各商品を取り出して服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れ,被控訴人各商品は「ピタバスタチンカルシウム」が含有された錠剤であること認識するものと認められるから,被控訴人各商品の錠剤に付された「ピタバ」の表示(被控訴人各標章)は,被控訴人各商品の含有成分を略記したものであることを理解するものと認められる』と認定しているが、疑問である。
患者が、服用する際に,PTPシートに記載された「ピタバスタチンカルシウム」等の表示が自然に目に触れるので,「ピタバ」の表示が「ピタバスタチンカルシウム」の略称であると認識するするとは到底思われないからである。
※ 「PITAVA(ピタバ)」事件(2)参照
2 判旨2
上記同様、医師,薬剤師等の医療従事者が,原材料として「ピタバスタチンカルシウム」を含有することを表示したものと理解するものと認識し、「ピタバ」がその略称であると理解すると考える。
しかしながら、患者が,薬を服用する際に「ピタバ」の表示が薬の原材料の含有成分を表示すると理解することは通常あり得ないと考える。
一方、被控訴人は、
「商標法26条1項6号は,商標は本来的には自他商品等の識別のために使用すべきものであるから,本来保護すべき範囲以上の権利を商標権者に与えるような事態や,当該商標権者以外による商標の使用が必要以上に自粛されるような事態等の発生をあらかじめ防ぐため,いわゆる商標的使用がされていない商標,すなわち,需要者が,取引の時点において,同一の商標が使用されている商品又は役務の出所が同一であると認識できる態様(自他商品識別機能・出所表示機能を果たす態様)で使用されていない商標には,商標権の効力が及ばないことを明らかにしたものと解される。」
と本号の趣旨を説明し,需要者としては、
「患者は,他の医薬品と自ら対比等をすることなく,医師による指示に基づいてのみ医療用医薬品を購入するから,処方箋医薬品の取引者,需要者には含まれない。特に医療用後発医薬品(ジェネリック医薬品)は,先発医薬品(新薬)の特許期間満了後,有効成分や製法等が国民共有の財産となった後に販売される医薬品であり,同じ成分の他社製品が数多く出回ることとなるため,医療機関や薬局の多くは,一つの有効成分に対して後発医薬品を1種類に絞って在庫を準備しているのが現状であり(乙71),患者は先発医薬品か後発医薬品のいずれかの購入を希望するかどうかを決定する機会を与えられることはあっても,後発医薬品の中の銘柄を指定又は希望することはできない。」
という理由で、医師,薬剤師等の「医療関係者」のみが,取引者,需要者であると主張している。
被控訴人の主張は、論理的に矛盾がない。
控訴人は、
「商標法26条1項6号は,「前各号に掲げるもののほか,需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」と規定しており,その文言から,同号が問題となる場面が「取引の時点」に限定されると解する余地はない。たとえ需要者が商品を購入する時点において,当該表示が包装等により需要者の目に触れないとしても,需要者が,当該商品を使用する過程で目に触れる表示であれば,需要者は,当該商品を使用する過程において,当該商品に付された表示を繰り返し目にすることにより,当該商品の出所や品質と当該表示との関連性を認識・評価し,当該表示についてのイメージを形成するから,当該表示は商標として使用されているといえる。」
と主張する。
商品の識別力は「取引の時点」で発揮されることが必要であると解する,筆者は,上記控訴人の主張に反対であるが,判旨から判断すると、裁判所は,控訴人の主張を採用しているように考えられる。患者は、商品購入時に商品選別の決定権を有するので、需要者に含まれると解するが、取引の場では何人かの業務に係る商品であることを認識することができないから、被控訴人の標章は商標法26条1項2号に該当すると考える。
以 上
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