PITAVA(ピタバ)事件(第5判決)|newpon特許商標事務所

薬剤成分の略称表示の商標権侵害の成否 PITAVA(ピタバ)事件(5)

知財高判 2015(H27)・9・9 H26(ネ)10137号 商標権侵害差止等請求事件

(原審 東京地判2014(H26)・11・28 H26(ワ)767号 裁判所HP)

事実の概要

 控訴人(原審の原告)は、薬について商標「PITAVA(標準文字)」の商標権者であり、ピタバスタチンカルシウムを有効成分とするコレステロール低下薬の後発医薬品メーカーである
 被控訴人は,別紙被控訴人標章目録記載1の標章を付した「ピタバスタチンCa錠1mg『MEEK』」という薬剤(「被控訴人商品1」),別紙被控訴人標章目録記載2の標章を付した「ピタバスタチンCa錠2mg『MEEK』」という薬剤(「被控訴人商品2」)及び別紙被控訴人標章目録記載3の標章,被控訴人標章1ないし3を併せて「被控訴人各標章」)を付した「ピタバスタチンCa錠4mg『MEEK』」という薬剤(「被控訴人商品3」といい,被控訴人商品1ないし3を併せて「被控訴人各商品」)を販売している。
 本件は,控訴人が,別紙標章目録1ないし3記載の各標章(「被控訴人各標章」)を付した薬剤を販売する被控訴人の行為が控訴人の有する商標権の侵害(商標法37条2号)に該当する旨主張して,被控訴人に対し,同法36条1項及び2項に基づき,上記薬剤の販売の差止め及び廃棄を求めた事案である。

 原判決は,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は,原判決を不服として,本件控訴を提起した。

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商標権目録
(本件商標権)
標章目録
(被控訴人商品)

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 控訴人は,本件控訴の提起後,商標権の分割の申請をし,指定商品を第5類「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」とする商標権と指定商品を第5類「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とする商標権(以下「本件商標権」という。)に分割した。その後,控訴人は,控訴審において,請求原因を分割後の本件商標権の侵害に変更する旨の訴えの交換的変更をした。

判 旨

 控訴棄却。裁判所は、『被控訴人各商品の錠剤に付された被控訴人各標章は,「被控訴人各標章は,本件商標権の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の有効成分の略称であり,「…指定商品…の…品質,原材料…を普通に用いられる方法で表示する商標」(商標法26条1項2号)であると認められ,同条同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないから,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する』とし、請求を棄却した。

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 商標法26条1項2号該当性(争点3)

(1) 被控訴人各商品の取引者・需要者について

 被控訴人各商品は,いずれも医療用医薬品であるから,医師,薬剤師等の医療従事者がその取引者・需要者に当たることは明らかである。
 次に,患者について検討すると,被控訴人各商品は処方箋医薬品に指定されているから,患者は,原則として,医師等の処方に基づいてその供給を受けることになるものの,被控訴人各商品の購入者(エンドユーザー)であり,また,患者が医師に処方薬の希望を伝えたり,患者の選択に基づいて薬剤師が被控訴人各商品を調剤したりすることもないわけではない(甲10,11)。また,錠剤に付されている刻印や印刷は,薬剤の誤使用を避ける目的でされているところ,いかなる薬剤であるかを最後に確認するのは,それを服用しようとしている患者自身であることに鑑みれば,患者もまた被控訴人各商品の取引者・需要者であるとして検討するのが相当である。

(2) 被控訴人各標章の表示が指定商品等の品質等の普通に用いられる方法での表示に該当するといえるかについて

 医療従事者を主たる構成員とする学会における研究発表や,医療用医薬品に係る特許公開公報等において,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムにつき,「スタチン」ないし「statin」以降を省略した「ピタバ」ないし「PITAVA」という表現が使用されていることが認められる(乙6ないし10,14,15,43,45)。そして,こうした研究発表や特許公開公報等において,字数やスペース等の制限などから,敢えてその場限りのものとして「スタチン」ないし「statin」以降を省略した表現を用いざるを得なかったと認めるに足りる事情はうかがわれない。また,Hmg-CoA還元酵素阻害薬には,ピタバスタチンのほかアトルバスタチン,フルバスタチン,ロバスタチン等があり,これらはスタチン又はスタチン系薬剤と総称されているところ,ピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムについても当該総称部分よりも前の部分である「ピタバ」をその略称として用いることはごく自然であることに鑑みれば,「ピタバ」は医療従事者の間においてピタバスタチンないしピタバスタチンカルシウムの略称として一般的に使用されているものと認めるのが相当である。

 さらに,錠剤に識別コードとして会社コード及び製品コードが刻印又は印刷されることや,医療用後発医薬品の販売名には,原則として含有する有効成分に係る一般的名称が使用されていることは,医療従事者の間において周知の事実であるといえること,及び,前記認定の被控訴人各標章の使用態様,包装態様からすれば,医療従事者が被控訴人各商品に付されている被控訴人各標章に接したときには,これらを被控訴人各商品の有効成分の略称であり,これを普通に用いられる方法で表示しているものと認識すると認められる。 そうすると,被控訴人各標章は,本件商標権の指定商品である「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」の有効成分の一般的名称の略称である「ピタバ」を,普通に用いられる方法で表示しているものにすぎず,この点は,医療従事者において明確に認識されているものと認められる。

 また,被控訴人各商品は処方箋医薬品であって,患者は,原則として,医師等の処方に基づいて被控訴人各商品の交付を受けるから,その有効成分が何であるかについて十分な知識を有しているとは限らず(医師及び薬剤師が患者に交付する処方箋及び薬剤情報説明書には,薬剤の販売名がほぼ例外なく記載されているものの,必ずしもその有効成分が明記されているとはいえず(甲25,乙38),医師等が患者に薬剤の有効成分についてまで説明をするのが通常であると認めるに足りる的確な証拠もない。),その他,前記認定の被控訴人各商品の販売名,PTP包装シートの外観,記載内容,文字等の体裁などをみても,患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。

 もっとも,被控訴人以外の多くの製薬会社からピタバスタチンカルシウムを有効成分とする薬剤が販売されているところ,医療用後発医薬品の販売名には,原則として有効成分の一般的名称を用いることとされているから,おのずから被控訴人各商品と有効成分名において共通する販売名で当該薬剤が販売されることになる(乙39)。そのため,販売名をもって被控訴人各商品と他の製薬会社から販売されている薬剤とを区別するには,各販売名の後部に付された会社名等の部分によらざるを得ない。このことは,被控訴人各商品が処方される際,医師及び薬剤師から交付される処方箋及び薬剤情報説明書に,有効成分の一般的名称である「ピタバスタチンCa」と被控訴人の登録商標である「MEEK」を結合させた販売名の形式で薬剤の名称が記載されていることからも明らかである(乙38)。

 そして,患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない。

 以上のような被控訴人各商品を含む医療用後発医薬品の販売名に係る実情や,被控訴人各商品の通常想定される取引態様,被控訴人各標章の表示の態様などに鑑みれば,被控訴人各標章は,取引者・需要者の一部である患者がこれを被控訴人各商品の有効成分の略称であると認識する可能性がそれ程高くないとしても,被控訴人各商品が医師の処方箋に基づいて患者へ譲渡されるものであり,その処方箋取引において重要な役割を果たしている医師,薬剤師などの医療従事者において,これが本件商標の指定商品の薬剤の有効成分の略称として表示されていることが明確に認識されている以上,客観的にみればこれを本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示する商標と認めるのが相当である。上記のような取引の実情に鑑みれば,患者の一部において,被控訴人各標章が被控訴人各商品の有効成分の略称であることを認識していないことが,上記認定を妨げるものではない。

(3) 小括

 以上によれば,被控訴人各標章は,本件商標の指定商品の品質,原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるから,商標法26条1項2号及び同項本文により,本件商標権の効力は,被控訴人各標章には及ばないというべきである。
 したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。

検 討

 判決に賛成。

 患者について商標法26条1項2号が該当するか

 本判決では、まず、医師,薬剤師等の医療従事者のみならず、患者も需要者に該当するとした。賛成である。

 しかしながら、患者に対して、被控訴人各商品の原材料を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないと認められるについて疑問である。
 判決は、『患者が被控訴人各標章に接したときに,被控訴人各商品の有効成分又はその略称であると認識する可能性が高いということはできない。』つまり,患者が「スタバ」を原材料の略称とは認識しないことがあると認定しつつ,『患者が被控訴人各標章を目にするのは,市場において流通している多数の薬剤の中から被控訴人各商品を選択する際ではなく,上記のような取引態様によって被控訴人商品の交付を受けた後,PTP包装シートや一包化された袋から被控訴人各商品を取り出して服用するまでの短時間かつ限定された機会にすぎない』ので、『患者の一部において,被控訴人各標章が被控訴人各商品の有効成分の略称であることを認識していないことが,上記認定を妨げるものではない。』と結論付けた。

 患者が「被控訴人各商品を取り出して服用するまで」の期間に標章に接することは、おそらく今更その商品を返品できないであろうから、自他商品識別力を発揮するか否かを判断すべきではない。患者が薬を購入するときPTP包装シートから被控訴人標章を視認することができるのであれば、患者に対しては、商品を購入する時点で自他商品識別力を発揮し得るということができる。

 商標的使用

  原判決は、いわゆる商標的使用でないという理由で請求を棄却した。その理由は、原告が商標出願した「ピタバ(標準文字)」は,指定商品を取り扱う業界において,「ピタバスタチンカルシウム」又は「ピタバスタチン」の略称として使用されているものであるから,これをその指定商品中「ピタバスタチンカルシウムを有効成分とする薬剤」に使用したときは,「ピタバスタチンカルシウムを有効成分とする商品」等の意味合いを理解させるに止まり,単に商品の原材料,品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と認められるとして拒絶査定された他の事実をあげ、

 『・・・ 調剤薬局でもスタチン系の薬剤を区別するために,上記の方法によって略称されていること,ピタバスタチンカルシウムに関する複数の特許公開公報等においても「Pitava」等の略記が使用されていること,加えて,商標登録出願においても,「ピタバ」は指定商品を取り扱う業界においてピタバスタチンカルシウム又はピタバスタチンの略称として使用されていること,被控訴人各商品においては,そのPTPシートのみならず,錠剤の表面にも,錠剤等の誤使用を避けるために錠剤等を識別する方法として日本製薬団体連合会に登録されている被控訴人の会社コードであって,被控訴人の登録商標でもある「MEEK」及びその略号である「MK」が被控訴人各標章とともに記載されていること,以上が認められる。
 そうすると,被控訴人各商品である錠剤に付された「ピタバ」という被控訴人各標章は,医薬品の販売名等の類似性に起因する調剤間違いや患者の誤飲等の医療事故を防止する目的で,被控訴人各商品の有効成分がピタバスタチンカルシウムであることの注意を喚起するためにその略称を錠剤の表面に記載したものであると認められ,被控訴人各商品のような医療用医薬品の主たる取引者,需用者である医師や薬剤師等の医療関係者及び患者が被控訴人各商品に接したときにも,被控訴人各商品に付された被控訴人の会社コードでありかつ登録商標でもある「MEEK」等の表示と相まって,そのような表記として認識されると認めるのが相当である。
 したがって,被控訴人各商品に付された被控訴人各標章は,商標としての自他商品識別機能若しくは出所表示機能を果たす態様で使用されているということはできず,本件商標の「使用」に該当すると認めることはできない。』

以 上

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