自他商品の識別機能を有する商標としての使用か? アイライト事件
知財高判2015(H27).11.26 H26(行ケ)10234 審決取消請求事件
事実の概要
1 本件は,被告が有する商標権について,原告が商標法50条に基づき不使用取消審判を請求したところ,特許庁が請求は成り立たないとの審決をしたため,原告がその取消を求めた事案である。
(1) 被告は,指定商品を第11類「電球類及照明器具」として,「アイライト」の片仮名を横書きして成る商標(「本件商標」)につき,設定の登録を受けた(商標登録第0602699号)。その後,本件商標は,5回にわたり,商標権の存続期間の更新が登録された。
(2) 原告は,本件商標の不使用を理由として本件商標の商標登録の取消しを求める審判を請求した(取消2014-300062号)。
(3) 特許庁は,本件審判の請求不成立の審決(「本件審決」)をしたので,原告が,本件審決の取消しを求める本件審決取消訴訟を提起した。
2 審決の理由は,被告が,H23.10.12付けで,本件商標が付された個装箱で包装したメタルハライドランプ水中灯を納品した行為(「本件行為」)を認定し,同行為をもって,本件審判の請求の登録前3年以内(「要証期間」)に日本国内において,商標権者である被告が上記請求に係る指定商品について,本件商標と社会通念上同一ということのできる商標を使用していたことを証明したものと認められるから,本件商標の登録は,商標法50条の規定により取り消すことはできない,というものである。
判 旨
請求棄却、審決維持。
被告は,H23.10.12日付けで,本件商標を表示した本件ラベルが貼付された本件個装箱に入れて,メタルハライドランプ水中灯「アイライト」1本を2万8000円で売却し,同日,納品したものと認定できると判断した。
本件行為が商標法50条所定の「使用」の事実に該当するか否かについて
⑴ 前記1のとおり,被告は,本件行為,すなわち,平成23年10月12日,メタルハライドランプ水中灯「アイライト」である形式「M2000BW/V」を,本件ラベルが貼付された本件個装箱に入れて売却,納品したものと認められ,これは,商標法2条3項2号所定の「商品の包装に標章を付したものを譲渡」する行為であるから,商標法50条所定の「使用」の事実が認められる。
⑵ 原告の主張について
ア 原告は,①乙第4号証及び乙第5号証のいずれにおいても,メタルハライドランプ水中灯は,「M2000BW/V」と記載されており,本件商標は記載されていないこと,②乙第3号証の写真及び乙第6号証の別紙写真に写っている個装箱に貼付されたラベルにおいて,「M2000BW/v」の文字が,本件商標である「アイライト」の文字よりも,目を引く顕著な態様で表示されていることなどから,被告及びミツワ電機のいずれも,メタルハライドランプ水中灯につき,「アイライト」ではなく,「M2000BW/V」の名称で認識して受発注を行っていたものということができるとして,本件商標は,本件行為当時,被告が販売していたメタルハライドランプ水中灯について,出所表示機能を果たしていなかった旨主張する。
イ しかしながら,商標法50条の主な趣旨は,登録された商標には,その使用の有無にかかわらず,排他独占的な権利が発生することから,長期間にわたり全く使用されていない登録商標を存続させることは,当該商標に係る権利者以外の者の商標選択の余地を狭め,国民一般の利益を不当に侵害するという弊害を招くおそれがあるので,一定期間使用されていない登録商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求することができるというものである。
上記趣旨に鑑みれば,商標法50条所定の「使用」は,当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足り,出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである。
さらに,HIDランプ集魚灯「アイライト」は,前述したとおり需要者が限られており,商品の性質上,頻繁な交換を要するものとも考え難いことから,証拠上,3年間で受発注が1回のみしか認められなかったことも,前記取引継続の意思の存在を否定するものとはいえない。
ウ 以上によれば,本件行為当時,被告が本件商標を反復継続して使用する意思を有していなかったとはいえず,したがって,原告の前記主張は,採用できない。
以上によれば,被告は,本件行為,すなわち,平成23年10月12日,メタルハライドランプ水中灯「アイライト」である形式「M2000BW/V」を,本件ラベルが貼付された本件個装箱に入れて売却,納品したものと認められ,これは,商標法2条3項2号所定の「商品の包装に標章を付したものを譲渡」に該当するから,商標法50条所定の使用の事実が認められる。
検 討
判決の結論に賛成。商標的使用を認める結論も可能であったように思う。
論点:商標法50条の「使用」は所謂商標的使用であることを必要とするか?
商標法50条による不使用取消審判を請求された場合、取消しを免れるためには、審判請求の予告登録前3年以内に、日本国内で、商標権者・使用権者が審判請求に係る指定商品・役務のいずれかについて、登録商標の使用をしたことを証明する必要がある。ここで、「登録商標の使用」とは、一般的に「自他商品・役務の出所表示機能を果たす態様での使用」、即ち「商標的使用」であることが必要と言われているが、不要であるという考え(不要説)もある。
本判決は「当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足り、出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである。」(不要説)と説示した。
不要説は、上記判旨に説示するように、商標法の規定に基づく。
また、平成26年特許法等の一部を改正する法律において、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」については商標権の効力が及ばないこと(商標法26条1項6号)が規定されたが不使用取消審判(同法50条)についての規定はない。このように、そして、商標やその使用の定義規定にはなく、しかも、侵害に係る民事裁判で発展、確立した「商標的使用」の法理を、不使用取消審判に係る使用には採用できず、その必要もないという。
※ 工藤莞司「不使用取消審判と商標的使用」
一方、必要説は、次のようにいう。
不使用取消審判が請求された場合、取消しを免れるためには、審判請求の予告登録前3年以内に、日本国内で、商標権者等が審判請求に係る指定商品・役務のいずれかについて、登録商標の使用をしたことを証明する必要がある(商標法50条1項及び2項)。
この「使用」は、商標法2条3号の要件を形式的に満足する場合でも、それが出所を識別する表示として使用されていなければ、不使用を免れる使用というべきではない。出所表示として機能していない以上、混同のおそれも生じないしので、あえて商標権を維持して他者の商標選定の自由を制約する理由に乏しいからである。
※ 田村善之「商標法概説」(第2版・2000年・弘文堂)第28頁
一般的には「商標的使用」であることが必要と言われている。しかしながら、本判決は「当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足り、出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである。」と説示する。明らかに、商標的使用は不要であると説示するが、本件ラベルに表された「アイライト」の表示を見れば、「商標的使用に該当する」ので商標法50条所定の使用の事実が認められるとの結論を導くことが可能であったようにも思う。
判決例
1 商標的使用必要説
A 商標の使用を認めなかった例
(1) 東京高判 H13.2.28 H12(行ケ)109号 「DALE CARNEGIE(デール・カーネギー)」事件 裁判所HP
『以上の事実に照らすと、甲第6、第7号証の印刷物は、専ら「デール・カーネギー・コース」等の本件講座の教材としてのみ用いられることを予定したものであり、本件講座を離れ独立して取引の対象とされているものではないというほかなく、したがって、これらを商標法上の商品ということはできない。また、その表紙に付された「DALE CARNEGIE」の記載については、それぞれ「デール・カーネギー・コース」ないし「デール・カーネギー・トレーニング」との名称の講座の教材であることを示す「The/DALE CARNEGIE/Course」ないし「DALE CARNEGIE/TRAINING」との記載の一部分にすぎないから、題号としての使用にとどまるか、本件講座に係る役務の出所又は役務の内容を表示するものであって、いずれにせよ、当該印刷物自体の識別表示と解することはできないから、当該印刷物について本件商標の使用がされたということもできない。』
(2) 東京高判 H13.10.23 H13(行ケ)190号 「賃貸住宅情報」事件 裁判所HP
『・・・ 掲載内容を表す語として普通に使用され、賃貸住宅に関する情報を掲載する雑誌が一般に「賃貸住宅情報誌」と呼ばれていることも認められる。
以上によれば、使用A標章ないしE標章は、いずれも自他商品識別機能を有する態様で本件雑誌に使用されているものということはできず、その使用を「商標としての使用」であると認めることはできない。』
(3) 東京高判 H19.12.26 H19(行ケ)10217号 「スキャンティー」事件 裁判所HP
B 商標の使用を認めた例
(1) 東京高判 H4.6.30 H2(行ケ)100号 「TOPS」事件 裁判所HP
「スーパートップにおいては販売商品の包装に本件商標を表示した値札を貼付する方法で本件商標を使用しており、それによって、当該商品はスーパートップが選択のうえ販売する商品であり、かつ、その品質は製造業者だけでなくスーパートップによっても保証されているものであることが示されているということができるから、本件商標は自他商品の識別機能を果たす態様において使用されているものと認めるのが相当である。」
(2) 東京高判 H8.12.19 H8(行ケ)680号 「A to Z」事件 裁判所HP
(3) 知財高裁判 H18.6.29 H18(行ケ)10043号 「速脳速聴」事件
(4) 知財高判H21.10.8 H21(行ケ)10141号 「DEEP SEA」事件 裁判所HP
(5) 知財高判H21.11.26 H21(行ケ)10203号 「elle et elles」事件 裁判所HP
『本件表示の下に婦人用下着を陳列販売し,婦人用下着の広告について本件表示をしたことは,少なくとも,商標法2条3項8号にいう「商品…に関する広告…に標章を付して展示し,若しくは頒布…する行為」に該当するというべきであり,これに反する原告の主張を採用し得ないことは後記のとおりである』
(6) 知財高判H22.2.3 H21(行ケ)10305号 「Pink berry」事件 裁判所HP
(7) 知財高判H22.4.28 H21(行ケ)10407号 「つゝみ」事件 裁判所HP
(8) 知財高判H22.6.28 H21(行ケ)10385号 「Bio」事件 裁判所HP
(9) 知財高判H23.3.17 H22(行ケ)10359号 「JIL」事件 裁判所HP
(10) 知財高判H24.5.16 H23(行ケ)10244号 「三相乳化」事件 裁判所HP
『・・・,「三相乳化」の語は未だ一般的な用語になっているものではなく,油化学ないし脂質の化学的性質の知識に疎い一般の需要者も上記論文にあるような「三相乳化」の技術的な意味を理解して本件パンフレット等の記載に接するとはいえない。そうすると,上記のような一般の需要者は,「三相乳化」の語から特定の製造法を連想し得るものではなく,原告の提出する論文等の存在によって「三相乳化」の記載の出所識別機能等に係る前記結論が左右されるものではない。
結局,記載1及び2における「三相乳化」の記載は商標的使用に当たるとしてみて差し支えなく・・・』
2 商標的使用不要説
(1) 東京高判 H3.2.28 H2(行ケ)48号 「POLA」事件 裁判所HP
(2) 東京高判 H12.4.27 H11(行ケ)183 「ビッグサクセス」事件 裁判所HP
『商標法2条1項1号においては、文言上、出所表示機能を表すような使用であるかないかは問題とされていないから、「ビッグサクセス」の文字が著作物の題号としての使用であるとしても、そのことを根拠として、同号にいう商標の使用ではないということはできないものと解すべきである。すなわち、原告は、業として、商品である本件ガイドブックを生産し、譲渡していたのであるから、その原告が、本件ガイドブックについて、「ビッグサクセス」の横書き文字を付せば、その文字は同号の商標に該当するものと解すべきである。』
(3) 知財高裁H28.9.14 H28(行ケ)10086号 「Le Mans」事件 裁判所HP
『上記趣旨に鑑みれば,商標法50条所定の「使用」は,当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用(商標法2条3項各号)されていれば足り,出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである。
しかも,前記アのとおり,ヴアン社は,販売品のワイシャツに,その襟下に本件商標が記された織りネームを付するとともに,本件商標が記載された下げ札を付していたのであるから,本件商標を出所識別標識として使用していたことは,明らかである。』
以 上
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