図柄の著作物の著作権侵害が争われた事例 パンシロントリム事件
大阪地判 1999(H11)・7・8 H9(ワ)3805 著作権侵害差止等請求事件|pdf
事実の概要
(原告の著作権)
訴外Cは、別紙目録二記載の著作物(「X著作物」)の著作者で、フランス国籍を有していた。Cは1968年に死亡し、同人の権利は、同人の子Dに相続により承継され、さらにその子である原告Xにより相続により承継された。したがって、現在、XがX著作物の権利者である。
(被告の行為)
Y(被告:ロート製薬株式会社)は、平成7年8月から販売を開始した胃腸薬「パンシロントリム」(「Y医薬品」)の包装箱、薬効・使用説明書に別紙目録一の(1)ないし(3)の図(「被告図柄」)を印刷使用し、また、被告図柄を使用してチラシ、商品リーフレット、サンプル用小冊子、店頭ディスプレイ、店頭ポスター等の販促用資料を製作し、これらを頒布し、広告宣伝活動を行っている。
Yは、被告図柄の製作を訴外株式会社コア・グラフィスに委託し、同社のデザイナーである訴外Eは、訴外ペンタグラム社発行に係るデザイン画集「IDEAS ON DESIGN BY PENTGRAM」所載の訴外F作のデザイン画(F画。別紙目録三)を参考にして被告図柄を製作した。
本件は,XがYに対し,著作権に基づいて,Yの商品等の販売差止め,図柄の原画等の廃棄及び損害賠償を求めた事案である。
判 旨
損害賠償請求認容。Xのその余の請求棄却。
裁判所は、Y図柄をY医薬品の包装箱等に使用したの行為は、二次著作物に関するXの複製権(著作権法28条、21条、11条)を侵害したと認定し,XのYに対する損害賠償請求は認めたが、Yは販売等は中止していたのでその余の請求は棄却された。
判旨1 請求原因1(Xの著作権)及び抗弁について(争点一)
Yの抗弁1(著作権のデュボネ社への帰属)及び抗弁2(著作権の譲渡又は信託的譲渡)は認められない。
以上より、X著作物の現在の著作権者はXであると認められる。
判旨2 請求原因2(Yの行為)について(争点二)
請求原因2の事実は、Yが被告図柄を使用したY医薬品を平成7年8月から平成9年8月まで製造し、平成10年2月9日まで販売したとの限度で、当事者間に争いがない。
判旨3 請求原因3(被告図柄によるX著作物の複製又は二次著作)について(争点三)
F画とX著作物Cとを比較すると、そこで描写されている男性の姿は、①白黒かカラーか、②左向きか右向きか、③服装が縞模様のパンツ姿か青色のスーツ姿かという違いがあるだけであって、X著作物Cの特徴である(a)丸い山高帽をかぶった男性が力こぶを出すポーズで立っており、(b)大きく丸い眼球と小さな黒目と、細い眉毛と、顔から鼻頭にかけて直線的な稜線を有することを特徴とする横顔が描かれ、(c)顔から上の部分は真横から見た描写であるのに対し、首から下の部分は斜め前方から見た描写となっており、(d)身体の線が直線的に描かれ、(e)力こぶを出している腕と反対側の腕を曲げて、手にワイングラスを持っている等の点において共通しているから、X著作物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していることは明らかというべきであり、しかもF画がX著作物Cに依拠して作成されたものであることは前記認定事実のとおりであるから、F画は少なくともX著作物Cの複製物であると認められる。
被告図柄は別紙目録一のとおり三つの図柄から構成され、検甲1によれば、これらの図柄が三コマ漫画のように連続して、「弱った胃を、イキイキ動かし、スッキリさせる」ことを表現していると認められるから、被告図柄にはX著作物Cとは別個の創作性があるものと認められる。
しかしながら、被告図柄とX著作物Cに描かれている男性の図柄の間には、前記2の(a)のうち丸い山高帽をかぶった男性が立っている点、(b)及び(c)の点において共通しており、また、別紙目録一(2)(3)の被告図柄については(d)(e)のうち左右の肩から腕、手にかけての線で、さらに同(3)の被告図柄については(a)全部の点で類似しており、そこにはなおX著作物Cの創作的表現が再生されているものというべきであるから、被告図柄においては右X著作物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していると認められる。
そして、先に1で認定した事実からすれば、Eは、X著作物Cの複製物であるF画に依拠して被告図柄を作成したものと認められる。
以上よりすれば、被告図柄は、少なくともX著作物Cの二次著作物というべきである。Yは、両者について種々の相違点を指摘するが、それらはいずれも複製物でないことの根拠とはなり得ても、二次著作物性までをも否定する根拠とはなり得ない。
したがって、被告図柄をY医薬品の包装箱等に使用したYの行為は、二次著作物に関するXの複製権(著作権法28条、21条、11条)を侵害したものというべきである。
判旨4 請求原因4(Yによる過失)について(争点四)
以上認定の事実に先に認定した事実を併せ考慮すれば、Eが参考にした乙1には、F画と共に原告著作物Cが掲載されており、その頁にはF画のオリジナルは右原告著作物である旨の説明文もあるのであるから、たとえEが直接参考にしたのがF画のみであっても、右原告著作物と類似する被告図柄を作成し、使用するに当たっては、F画に関するペンタグラム社の使用許諾のみならず、右原告著作物に関する権利者の使用許諾をも得ることが必要であると気付くことは可能かつ容易であり、そのための措置を講じる注意義務があったというべきである。したがって、それにもかかわらずEは、ピーピーエス社に対し、ペンタグラム社に対する使用許諾を依頼したに過ぎず、原告に対する使用許諾については何ら措置を講じなかったのであるから、Eには過失があるというべきである。
(Yの過失について)
しかるところ、デザイン会社がパッケージ等のデザインを行うに当たって、他人のデザインを参考にするのは一般にあり得ることであり、だからこそYもEに対して被告図柄が第三者の著作権を侵害することはないかとの確認をしたものと考えられるのであるが、前記認定事実によれば、Yは、わずかに右の点を簡単にEに確認したにとどまり、それ以上にEがどのようなデザインに依拠して被告図柄を作成し、どのような著作権の使用許諾手続をとったのかといった点について、何ら確認・調査していないことが認められるのであるから、Yは尽くすべき注意義務を尽くしていないといわざるを得ない。
以上より、Yには、Y商品の包装箱等に被告図柄を使用してXの著作権を侵害するについて、過失がある。
判旨5 請求原因5(損害額)について(争点五)
このような検討からすれば、(d)たとえ既に独自の識別力を有している著名な商品であっても、その包装箱に知名度の高い著作物を使用する場合には、商品独自の顧客吸引力と著作物の顧客吸引力とが相俟って、全体としての商品の価値を構成すると見るべきであり、著作物の利用度を販売量を基準に計ることができるものであるから、この場合も(a)と同様に、使用料は定率方式によることが合理的である。そして、前記1で認定した事実からすれば、本件での被告図柄のY医薬品への使用はこの類型に該当するということができるから、本件における使用料相当額の算定も、定率方式によることが相当である。
以上の点を総合考慮すれば、本件における使用料は、売上額に対して2%とするのが相当である。また、この場合の売上額について、Xは消費者販売価格を基準とすべきとするが、それが通常の方式であることを認めるに足りる証拠はないから、Yが現に販売した販売額を基準とするのが相当である。
検 討
本判決の判断は首肯できる。
Yは、「自らは単なるデザインの発注者にすぎず、デザイナーのEが何を参考として被告図柄を作成したものかは知らなかったし、Eからは被告図柄が第三者の著作権を侵害するものではないことを確認することに加え、万一、第三者から著作権侵害を理由とする訴えが提起された場合には、すべてコア・グラフィスが責任を負うこととしたのであり、Yとしては、これ以外に著作権に関する確認の方法を持っておらず、Yの立場においてなすべき注意はすべて尽くした」と主張したが、裁判所は、「Yは尽くすべき注意義務を尽くしていないといわざるを得ない。」と判断した。
メーカーなどデザインの依頼者は十分に注意する必要がある。
以 上
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