商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」について 「レールデュタン(L'AIR DU TEMPS)」事件
最高裁第三小法廷判2000(H12)・7・11 H10(行ヒ)85号 商標審決取消請求
事実の概要
本件は、商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の請求棄却判決についての上告審である。争点は、商標法4条1項15号の「混同を生ずるおそれ」である。
1 被上告人(Y:マドラス株式会社)は、昭和61年5月21日、「レールデュタン」の片仮名文字を横書きした商標につき、指定商品を第21類「装身具、その他本類に属する商品」として、商標登録出願をし、昭和63年12月19日、登録された(登録第2099693号。「本件登録商標」)。
2 上告人(X:ピュイグ・フランセ PUIG FRANCE SAS,「ニナ・リッチ」)は、指定商品を第4類「香料類、その他本類に属する商品」とする「L'AIR DU TEMPS」の欧文字を横書きした商標(登録第661424号。「引用商標」)についての商標権者である。Xは、香水に「L'Air du Temps」及び「レール・デュ・タン」の商標(「本件各使用商標」)並びに引用商標を使用しているところ、本件各使用商標及び引用商標は、本件登録商標の登録出願当時、我が国において香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には、Xの香水の一つを表示するものとして著名であった。
3 Xは、平成4年7月3日、商標法4条1項15号に違反することを理由として、本件登録商標の指定商品中「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」につき本件商標登録を無効にすることについて、審判請求をした(平成4年審判第12599号)。
4 特許庁は、平成9年2月24日、Xの審判請求は成り立たないと審決した。
Xの審決取消し請求に対して、原審は、次のとおり判断して、Xの請求を棄却した。
本件登録商標の登録出願当時、本件各使用商標及び引用商標は、我が国において香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には、Xの香水の一つを表示するもの(いわゆるペットマーク)として著名であったものの、一般的に周知著名であったとまでは認め難く、また、本件登録商標と引用商標は称呼を同じくするものとはいえないから、商品の出所について混同が生ずるおそれがあるとはいえない。
判 旨
原審破棄自判。審決の取消し。
1 【要旨1】商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(以下「広義の混同を生ずるおそれ」という。)がある商標を含むものと解するのが相当である。けだし、同号の規定は、周知表示又は著名表示へのただ乗り(いわゆるフリーライド)及び当該表示の希釈化(いわゆるダイリューション)を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものであるところ、その趣旨からすれば、企業経営の多角化、同一の表示による商品化事業を通して結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業や市場の変化に応じて、周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同を生ずるおそれがある商標をも商標登録を受けることができないものとすべきであるからである。
そして、【要旨2】「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。
なお、本件各使用商標及び引用商標がいわゆるペットマークとして使用されていることは、本件各使用商標等の著名性及び本件各使用商標等と本件登録商標に係る各商品間の密接な関連性に照らせば、前記判断を左右するに足りない。
2 本件登録商標は、本件各使用商標のうち「レール・デュ・タン」の商標とは少なくとも称呼において同一であって、外観においても類似しており、しかも、引用商標の表記自体及びその指定商品からみて、引用商標からフランス語読みにより「レールデュタン」の称呼が生ずるものといえるから、本件登録商標は、引用商標とも称呼において同一である。また、本件各使用商標及び引用商標は、香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には、Xの香水の一つを表示するものとして著名であり、かつ、独創的な商標である。さらに、本件登録商標の指定商品のうち無効審判請求に係る「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」と香水とは、主として女性の装飾という用途において極めて密接な関連性を有しており、両商品の需要者の相当部分が共通する。【要旨3】以上の事情に照らせば、本件登録商標を「化粧用具、身飾品、頭飾品、かばん類、袋物」に使用するときは、その取引者及び需要者において、右商品がXと前記のような緊密な関係にある営業主の業務に係る商品と広義の混同を生ずるおそれがあるということができる。
検 討
本件は,商標法において不登録事由の構成要件としての「混同のおそれ」の中に「広義の混同」の場合が含まれるとした最初の最高裁の判決である。
1.広義の混同
本件では,商標法4条1項15号にいう「商品の混同を生ずるおそれがある商標」について,「混同」には商品又は役務(商品等)が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれがある商標(狭義の混同)のみならず,「当該商品等が右他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ」(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものとした。不正競争防止法に関しては、「親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係」(「マンパワー」最高裁第二小 S58・10・7判決),「同一の商品化事業を営むグループに属する関係」(「フットボールチームシンボルマーク」最高裁第三小 S59・5・29判決)がある。商標法上の広義の混同を認める下級審の判決では「経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者」(「ピアゼ」東京高裁H1・3・14判決;「TANINO CRISCI」東京高裁 H8・12・12判決)という表現が採られている。
2.総合判断
先例では、「商品の出所について混同のおそれがあるかどうかは,商標自体だけではなく,商標以外の諸般の事情をも参酌して判断すべきものであり,たとえ,その指定商品が同一又は類似の商品でなくても,共に同一の目的に使用され,あるいは同一の店舗において取り扱われ勝ちの事情が存するときには,著名商標と類似の商標を附した商品は,商品の出所の混同を生ずるおそれがあると見るべきで(「三矢印」大審院T15・5・14判決;「インディアン」同S15・2・19判決)、その例外は、これを想像することを得ない(大審院S18・3・15判決〔S17年(オ)768号〕)。」がある。
3.独創性
「混同のおそれ」の総合判断の要素として独創性を挙げる。「時代の風潮」(英語では"Air of the time")の意義を有するフランス語「L' AIR DU TEMPS」の登録商標に対しその称呼である「レールデュタン」なる商標が無効の対象である。商標権侵害排除等に関する「ポパイ表示事件」(最高裁第二小 H2・7・20日判決)では「『POPEYE』ないし『ポパイ』なる語は,右主人公以外の何ものをも意味しない」と判示した。
4.基準の適用
商標の態様については原審(*1)と異なり,本件登録商標が引用商標と同一の称呼、つまり、フランス語読みの「レールデュタン」を有すると認定し,かつ,独創性を有することを認定した。商品については「香水」と「化粧用具,身飾品,頭飾品,かばん類,袋物」には女性の装飾という用途上の密接な関連性を認めた。周知性については「香水を取り扱う業者や高級な香水に関心を持つ需要者には,Yの香水の1つを表示するものとして著名」であるとの原審の認定で十分であるとし,ハウスマークではなくペットマークでも差支えないとした。
(*1) 欧文文字は英語風の読みにより称呼されるのが自然であるから,「レアーデュテンプス」の称呼が生じる。
判例解説:髙部眞規子 商標法4条1項15号といわゆる広義の混同を生ずるおそれがある商標(ジュリ 1190号 2000.12.1)
以 上
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