EemaX(エマックス)事件|newpon特許商標事務所

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除斥期間を経過した商標権の行使に対する商標法4条1項10号に基づく無効の抗弁及び権利濫用の抗弁の可否 EemaX(エマックス)事件

最高裁第三小法廷判2017(H29)・2・28 H27(受)1876 不競法差止等請求本訴,商標権侵害行為差止等請求反訴事件pdf

(原審 福岡高判H27.6.17 H26(ネ)791)

事実の概要

1 本件本訴は,米国法人であるA(A社)との間でA社の製造する電気瞬間湯沸器(本件湯沸器)につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,「エマックス」,「EemaX」又は「Eemax」の文字を横書きして成る各商標(「被上告人使用商標」と総称する。)を使用して本件湯沸器を販売している被上告人が,本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売している上告人に対し,被上告人使用商標と同一の商標を使用する上告人の行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するなどと主張して,その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求める事案である。
 本件反訴は,上告人が,被上告人に対し,後記2(3)の各登録商標につき有する各商標権に基づき,上記各登録商標に類似する商標の使用の差止め等を求める事案である。これに対し,被上告人は,上記各登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し,被上告人に対する上記各商標権の行使は許されないなどと主張して争っている。

2 原審の確定した事実関係等の概要
(1) 被上告人は,平成6年11月1日,A社との間で日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,以後,被上告人使用商標を使用して本件湯沸器の販売を行っている。
(2) 平成15年12月20日,上告人と被上告人との間で販売代理店契約が締結された。その後,上告人と被上告人との間に紛争が生じ,平成18年6月に提起された上告人の被上告人に対する損害賠償請求訴訟(第1次訴訟)において,平成19年5月25日,前記販売代理店契約が同日現在において存在しないことの確認等を内容とする訴訟上の和解が成立した。
(3)ア 上告人は,第1次訴訟提起に先立つ平成17年1月25日,「エマックス」の文字を標準文字で横書きして成る商標につき,指定商品を「家庭用電気瞬間湯沸器,その他の家庭用電熱用品類」とする商標登録出願をし,同年9月16日,商標権の設定登録がされた(登録第4895484号「平成17年登録商標」)。
 イ 上告人は,平成22年3月23日,別紙記載の商標につき,指定商品を上記アと同じくする商標登録出願をし,同年11月5日,商標権の設定登録がされた(登録第5366316号。この商標と平成17年登録商標を併せて「本件各登録商標」といい,本件各登録商標に係る各商標権を「本件各商標権」という。)。
(4) 平成21年7月,被上告人の上告人に対する不正競争防止法に基づく差止等請求訴訟(第2次訴訟)が提起され,その控訴審において,平成23年7月8日,上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約することなどを内容とする訴訟上の和解が成立した。
 しかし,上告人は,その後も,被上告人使用商標と同一の商標を使用して本件湯沸器の販売を継続している。
(5) 被上告人は,平成24年12月,本件本訴を提起し,平成25年12月,上告人から本件反訴を提起されたところ,平成26年2月6日,本件訴訟の第1審第7回弁論準備手続期日において,本件各登録商標は被上告人使用商標との関係で商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し,被上告人に対する本件各商標権の行使は許されない旨の反訴答弁書を陳述した。また,被上告人は,同年6月26日,特許庁に対し,本件各登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として,本件各登録商標に係る商標登録の無効審判を請求した。

使用各商標
(本件各登録商標)

3 原審は,上記事実関係等の下において,①被上告人使用商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示(中略)として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり,上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当するとして,本訴請求の一部を認容すべきものとし,また,②被上告人使用商標は商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たり,被上告人使用商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても,商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当するから,同法39条において準用される特許法104条の3第1項に係る抗弁が認められ,被上告人に対する本件各商標権の行使は許されないとして,反訴請求を棄却すべきものとした。被上告人使用商標につき不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとされた部分に関する原審の判断は,次のとおりである。
 被上告人による本件湯沸器の販売に関する新聞報道,展示会への出展,広告宣伝費の支出及び販売実績等に加え,上告人代表者が,被上告人と人的,資本的なつながりを有していなかったにもかかわらず,本件湯沸器の存在を知り,被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことなどに鑑みると,被上告人使用商標は,遅くとも,上記交渉が開始された平成15年秋頃までには,日本国内において,被上告人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至ったものというべきである。

4 無効審判の審理結果について
(1) 登録第4895484号に対する無効審判事件(無効2014-890053)
(2) 登録第5366316号に対する無効審判事件(無効2014-890052)
 (1),(2)のいずれについても、日本建装工業(被上告人)の「エマックス」等の商標は周知であり、登録商標はこれと類似の商標であり、かつ不正競争の目的で登録されたものであるとして、商標登録を無効とする特許庁の審決に対する審決取消訴訟において、知財高裁は、日本建装工業の商標が周知であるとした審決の認定は誤りであるとして、審決を取り消す判決をした(知財高裁H27・1・24判 H27(行ケ)10084号/H27(行ケ)10084号)。知財高裁判決に対しては上告受理申立てがなされたが、最高裁は平成29年2月28日(本件判決と同日)、上告を受理しない決定をした。

判 旨

 原判決中、本訴請求のうち不正競争に関する部分および反訴請求に関する部分を破棄し、福岡高裁に差し戻した。

(1) 不正競争防止法2条1項1号に関する部分について
 前記事実関係等によれば,被上告人が被上告人使用商標を使用して販売している本件湯沸器は,商品の内容や取引の実情等に照らして,その販売地域が一定の地域に限定されるものとはいえず,日本国内の広範囲にわたるものであることがうかがわれる。そして,被上告人による本件湯沸器の広告宣伝等についてみると,前記2(6)アからエまでのとおり,被上告人とA社との販売代理店契約の締結に関する紹介記事が複数の業界紙に掲載されたり,本件湯沸器の宣伝のため展示会への出展がされるなどしたものの,被上告人を広告主とする新聞広告が掲載されたのは平成7年及び平成11年の2回にすぎず,被上告人が平成6年度から平成24年度までに支出した広告宣伝費及び展示会費の額も,本件湯沸器の販売地域が日本国内の広範囲にわたることに照らすと,多額であるとはいえない。また,被上告人による本件湯沸器の販売についてみると,前記2(6)オのとおり,大手の建設会社を含む相当数の企業等に対する販売実績があり,販売台数も一定以上にのぼることがうかがわれるものの,具体的な販売台数などの販売状況の総体は明らかでない。そうすると,前記2(2)アのとおり上告人代表者が知人を介して本件湯沸器の存在を知り被上告人との間で販売代理店契約の締結の交渉を開始したことを考慮したとしても,これらの事情から直ちに,被上告人使用商標が日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったということはできない。
 したがって,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに,被上告人使用商標が不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして,上告人が被上告人使用商標と同一の商標を使用する行為につき同号該当性を認めた原審の判断には,法令の適用を誤った違法があるというべきである。

(2) 商標法4条1項10号に関する部分について
ア(ア) 前記3のとおり,原審は本件各登録商標のいずれについても商標法4条1項10号該当性の判断をしているところ,平成17年登録商標については,商標権の設定登録の日から,被上告人が本件訴訟において同号該当性の主張をした前記2(5)の弁論準備手続期日までに,同号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま5年を経過している。商標法47条1項は,商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは,不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き,商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めており,その趣旨は,同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが,商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは,商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために,商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照)。そして,商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(本件規定)によれば,商標権侵害訴訟において,商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ,上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるから,この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても,同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。また,上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると,商標権者は,商標権侵害訴訟を提起しても,相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり,商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。
 そうすると,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって,本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。

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(イ) 一方,商標法4条1項10号が,商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(商品等)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは,需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに,当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。そうすると,登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に,当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも,商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは,特段の事情がない限り,商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして,権利の濫用に当たり許されないものというべきである(最高裁昭和60年(オ)第1576号平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁参照)。そこで,商標権侵害訴訟の相手方は,自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ,かかる抗弁については,商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても,同法47条1項の上記(ア)の趣旨を没却するものとはいえない。
 したがって,商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許されると解するのが相当である。そして,本件における被上告人の主張は,本件各登録商標が被上告人の業務に係る商品を表示するものとして商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために商標法4条1項10号に該当することを理由として,被上告人に対する本件各商標権の行使が許されない旨をいうものであるから,上記のような権利濫用の抗弁の主張を含むものと解される。

(ウ) 以上によれば,平成17年登録商標について商標登録に係る不正競争の目的の有無を明らかにしないまま本件規定に係る抗弁を認めた原審の判断には誤りがあるものの,本件における被上告人の主張は上記(イ)のような権利濫用の抗弁の主張を含むものと解されるから,平成17年登録商標についても,商標登録に係る不正競争の目的の有無を問わず,商標法4条1項10号該当性に関する原審の判断の適否を検討すべきことになる。
イ そこで,本件各登録商標の商標法4条1項10号該当性についてみると,前記(1)のとおりの被上告人による本件湯沸器の広告宣伝や販売等の状況に照らし,被上告人使用商標が,本件各登録商標に係る商標登録の出願時までに,日本国内の広範囲にわたって取引者等の間に知られるようになったとは直ちにいうことができない。したがって,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について十分に審理することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに,被上告人使用商標が商標法4条1項10号にいう「需要者の間に広く認識されている」商標に当たるとして,本件各登録商標につき同号該当性を認めた原審の判断には,法令の適用を誤った違法があるというべきである。
5 以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,本訴請求のうち不正競争防止法に基づく請求に関する部分及び反訴請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上記破棄部分については,被上告人による本件湯沸器の具体的な販売状況等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すべきである。

 裁判官山崎敏充の補足意見
 権利の濫用の有無は,当該事案に表れた諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものであって,このことは,商標権の行使について権利の濫用の有無が争われる場合であっても異なるものではない。もっとも,商標権は,発明や著作などの創作行為がなくても取得できる権利であることなどから,その行使が権利の濫用に当たるとされた事例はこれまでに少なからずみられるところであり,こうした事例の中から,権利の濫用と判断される場合をある程度類型化して捉えることは可能であろう。法廷意見において,商標法4条1項10号に違反して商標登録がされた場合に,その登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとしての同号の周知性を有している者に対して商標権を行使することにつき,特段の事情がない限り権利の濫用に当たるとされているのも,権利の濫用と判断される場合の一つの類型化された事例を示すものとして位置付けることができよう。
 ところで,原審の認定するところによると,被上告人は,本件湯沸器を製造する米国法人であるA社との間で日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し,被上告人使用商標を使用して本件湯沸器の販売を行っている者であり,上告人は,被上告人との間で本件湯沸器の販売代理店契約を締結したが,その後契約関係が解消され,独自に本件湯沸器を輸入して日本国内における販売をしている者であるところ,上告人による本件湯沸器の販売をめぐっては本件訴訟以前にも2度にわたり被上告人との間で訴訟が係属し,その2度目の訴訟では,上告人の商標使用行為が不正競争防止法2条1項1号に該当する旨の第1審判決を経て,控訴審において,上告人が「エマックス」という商品名を使用しないことを誓約する旨の訴訟上の和解が成立している。このような上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情は,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かを判断するについて有意の関連を有するものであり,被上告人は,本件において,上告人による商標権の行使が権利の濫用に当たるとして,これらの事情をそれを基礎付ける事情として主張しているものとみることができる。
 原審は,被上告人が権利の濫用を基礎付ける事情として主張している諸般の事情のうち,登録商標の商標法4条1項10号該当性に関する事情に基づいて,本件各商標権の行使は許されないと判断し,法廷意見は,その判断を是認し得ないものとして,本件を原審に差し戻すこととしたものである。そうすると,差戻し後の審理において,仮に,本件各登録商標の商標法4条1項10号該当を理由とする権利の濫用が認められないこととなった場合には,原審において未だ判断がされていない上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情を含めた諸般の事情を考慮した上で,改めて上告人の本件各商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かが審理判断されるべきことになる。

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検 討

 除斥期間経過後の無効の抗弁(商標法第39条,特許法第104条の3第1項)が認められるかという論点について判断した最高裁の判決である。

 1.除斥期間経過後の無効の抗弁

 「商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては,当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって,本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解する」と判示した。つまり,除斥期間経過後は無効の抗弁(商標法39条)は認められない。
 「除斥期間の経過を事実審の口頭弁論終結時で判断するとすると、除斥期間経過前に提起された商標権侵害訴訟において、1審では除斥期間経過前であったため差止請求が棄却されたが、控訴審では除斥期間経過後であったため差止請求が認容される、といった事態が想定される。」(三村量一・弁護士)などの課題は残る。

 2.権利濫用の抗弁

 不正競争の目的の有無にかかわらず,除斥期間経過後であっても,「商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として,自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許される。」と判示した。本件のような場合では「特段の事情がなくても」,商標権侵害訴訟の相手方は権利濫用の抗弁を主張することができることになる。これに対し,原告商標が第三者の周知商標と同一又は類似であるので商標法4条1項10号に該当すると主張する場合には,除斥期間経過後は,無効の抗弁のみならず,権利濫用の抗弁も主張できないと思われる。

   「本件における被上告人の主張は,本件各登録商標が被上告人の業務に係る商品を表示するものとして商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために商標法4条1項10号に該当することを理由として,被上告人に対する本件各商標権の行使が許されない旨をいうものであるから,上記のような権利濫用の抗弁の主張を含むものと解される。」判示した。つまり,原告は,必ずしも,「被告の行為は権利濫用に該当する」ことを明示して主張することは必要でない。

 3.山崎裁判官の補足意見

 「法廷意見において,商標法4条1項10号に違反して商標登録がされた場合に,その登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとしての同号の周知性を有している者に対して商標権を行使することにつき,特段の事情がない限り権利の濫用に当たるとされているのも,権利の濫用と判断される場合の一つの類型化された事例を示すものとして位置付けることができよう。」と「特段の事情」を記載し,「権利の濫用と判断される場合の一つの類型化された事例を示す」とした。したがって,他の事例が権利濫用に該当することもあり得ると思われる。ケース・バイ・ケースで判断すべきだからである。
 また,「原審において未だ判断がされていない上告人と被上告人との関係や過去における訴訟の経緯等の事情を含めた諸般の事情を考慮した上で,改めて上告人の本件各商標権の行使が権利の濫用に当たるか否かが審理判断されるべき」と述べている。
 本判決から商標法4条1項10号該当を理由とする権利の濫用は認められないことになる可能性が高いが経過を考慮すると,独占的な販売代理店である被上告人が,後日商標権を取得し,しかもその商品名を使用しないことを誓約した上告人に敗訴するという結論は妥当でないように感じる。山崎裁判官は指摘するように福岡高裁で権利濫用について十分審理してもらいたい。

以 上

 最高裁判所・知財高裁・控訴事件裁判についてご相談を承ります。

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