慰謝料請求及び名誉・信用回復請求権 「パロディモンタージュ」差戻後上告審事件
最高裁第二小法廷判 1986(S61)・5・30 S58(オ)516 損害賠償請求事件
(原審 東京高判S58・2・23 S55(ネ)911)
事実の概要
1 白川義員X(原告・被控訴人・被上告人)は、写真家として、昭和41年4月27日、オーストリア国チロル州サン・クリストフのアルプス山系において、スキーヤーらが雪山の斜面を波状のシユプールを描きつつ滑降している場景を撮影したカラー写真(以下「本件写真」という。)を製作し、これについて著作財産権及び著作者人格権を取得した。そして、これを昭和42年1月1日付株式会社D社発行の写真集「SKI' 67第4集」にXの氏名を表示し複製掲載して発表した。その後、本件写真は、Xの許諾のもとにXの氏名を表示しないでF社のカレンダーに複製掲載された。
2 マッド・アマノのペンネームを用いるグラフイツク・デザイナーY(被告・控訴人・上告人)は、本件写真の左側の一部をカットしてこれを白黒の写真に複製したうえ、右上に自動車タイヤの写真を合成して本件モンタージユ写真を作成して、これを昭和45年ころ自作の写真集に掲載して発表したほか、週刊誌のグラフ特集「マッド・アマノの奇妙な世界」にも掲載して発表したが、いずれも本件写真の利用部分につきその著作者としてのXの氏名を表示していないし、本件写真を利用することについて、Xから同意を得ていない。
3 そこで、Xは、本件写真の著作者としての名誉信用を毀損され精神的苦痛を受けたとして、Yに対して著作権及び著作者人格権に基づき謝罪広告及び慰謝料として50万円の支払いを求めた。第一審(東京地裁S47.11.20)は、Xの請求を認容した。
第二審(東京後判S51.5.19)は、一審判決を取り消し、Xの請求を全部棄却した。Xは上告。第一次上告審(最判 S55・3・28)は、Yの行為は節録引用に該当せず、Xの同一性保持権を侵害するとして、原判決を破棄し原審に差し戻した。
4 差戻後第二審(原審)において、Xは再び著作財産権に基づく慰謝料請求をする申立をした。原審は、著作者人格権に基づく請求については、慰藉料請求50万円及び謝罪広告請求を認容した。(著作財産権に基づく請求については棄却。)Yは上告した。
判 旨
破棄差戻
1 慰謝料請求に関する部分について
(1)複製権を内容とする著作財産権と公表権、氏名表示権及び同一性保持権を内容とする著作者人格権とは、それぞれ保護法益を異にし、また、著作財産権には譲渡性及び相続性が認められ、保護期間が定められているが(旧著作権法(昭和45年法律第48号による改正前のもの。以下「法」という。)2条ないし10条、23条等)、著作者人格権には譲渡性及び相続性がなく、保護期間の定めがないなど、両者は、法的保護の態様を異にしている。したがつて、当該著作物に対する同一の行為により著作財産権と著作者人格権とが侵害された場合であつても、著作財産権侵害による精神的損害と著作者人格権侵害による精神的損害とは両立しうるものであつて、両者の賠償を訴訟上併せて請求するときは、訴訟物を異にする二個の請求が併合されているものであるから、被侵害利益の相違に従い著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額とをそれぞれ特定して請求すべきである。
(2)そうすると、原審は、結局、著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみを示し、その内訳を特定していないXの請求について、控訴棄却の判決をしたものであり、右控訴棄却の判決により維持された第一審判決も著作財産権侵害に基づく慰謝料額と著作者人格権侵害に基づく慰謝料額との合計額及びこれに対する遅延損害金のみが示され、その内訳が特定されていない請求を全部認容したものである(ただし、著作財産権侵害に基づく慰謝料請求に係る部分については、差戻し前の第二審における訴えの取下げにより失効している。)。
(3)したがつて、原審としては、Xに対し、その請求に係る慰謝料額及びこれに対する遅延損害金の内訳について釈明を求め、その額を確定したうえ審理判断すべきであつたといわなければならない。しかるに、原審は、右の点につき何ら釈明を求めることなく、前記のとおり判決しているが、右は、釈明権の行使を怠り、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中慰謝料請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分については、更に求釈明して審理を尽くさせる必要がある。
2 著作者人格権に基づく謝罪広告請求について
法36条ノ2は、著作者人格権の侵害をなした者に対して、著作者の声望名誉を回復するに適当なる処分を請求することができる旨規定するが、右規定にいう著作者の声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきである(最高裁昭和43年(オ)第1357号同45年12月18日第二小法廷判決・民集24巻13号2151頁参照)。これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係中には、上告人のXに対する本件著作者人格権侵害行為により、Xの社会的声望名誉が毀損された事実が存しないのみならず、右事実関係からXの社会的声望名誉が毀損された事実を推認することもできないといわなければならない。そうすると、Xの著作者人格権に基づく謝罪広告請求を認容すべきものとした原判決は、経験則に反してXの社会的声望名誉が毀損されたと認定したか、又は法36条ノ2の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中著作者人格権に基づく謝罪広告請求に係る部分は破棄を免れない。そして、右部分について、右の観点に立つて更に事実関係について審理を尽くさせる必要がある。
検 討
破棄理由となった判示事項は,慰謝料請求の訴訟物の個数及び謝罪広告の要件に関する。
1 慰謝料請求の訴訟物の個数について
著作財産権侵害に基づく慰謝料請求と著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求とは訴訟物を異にする。
2 謝罪広告の要件について
著作者人格権を侵害を侵害された者が行う謝罪広告請求は、旧法36条ノ2における「著作者の声望名誉を回復するに適当なる処分」として認められる。
本事件の詳細は、例えば、次の論文を参照されたい。
田村善之 最高裁判所判例研究(民集40巻4号725号)
以 上
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